その後の風景を見る

元々西里の人の土地だと聞く。この辺りで戦国時代に筒井順慶と松永弾正の合戦があり、死者が出たのでここに石仏があるのか。西里の地主の方々は、このような場所を売ることに抵抗があり、借地として提供した。
商店としては、伊勢参りをする人を顧客に見込んで始まったようだ。
この道は狭かったが、1940年(昭和15)頃にようやく4m位になり、荷馬車を押して通れるようになった。
1877年(明治10)頃は並松は10軒ほどだった。
2014年撮影
古写真:緑の公衆電話、花飾り
1970 年代頃